グラム染色は組織中のグラム陽性菌とグラム陰性菌を鑑別して細菌の種族を同定することと、組織中の細胞成分と細菌や真菌を区別することに用いられる。この染色はデンマークのHans Christian J Gram (1853 ~ 1938)が1884年にゲンチアナ紫で細菌を染色して、 対比染色にヨウ素を用いたことに始まった。現在、組織標本におけるグラム染色はMacCallumGoodpasture(1919)、 Hucker-Conn(1927)、BrownBrenn(1931)を改良したTaylor(1966)、BrownHopps(1973)等の染色法が発表されている1~5) グラム陽性菌をクリスタル紫かゲンチアナ紫等のパラローズアニリン系色素で染め、グラム陰性菌を塩基性フクシン、 サフラニン、ケルンエヒトロート等で後染色する方法である。本稿ではBrown-Hopps法について述べる4)。
染色原理は以下のように考えられている。
1)細胞表面にリボ核酸マグネシウム(グラム陽性物質)が存在する菌では、クリスタル紫染色後、ルゴール液を作用させると、 アルコール不溶性の色素分子複合体が形成され細胞内に沈着する。これは脱色や分別操作で脱色されず、染色性が保持される (グラム陽性菌)。グラム陽性物質が欠けている細菌は複合体が形成されないので、アルコールに色素分子が抽出され無色となる。 その結果対比染色の色調(赤色)に染色される(グラム陰性菌)5)
2)グラム陽性菌の細胞表面にリボ核酸マグネシウムが存在するため、ヨウ素が細菌内外に浸透する速度は陰性菌に比べかなり遅くなる。 したがって、脱色剤でヨウ素を除去しても、クリスタル紫とヨウ素により生じた不溶性沈降色素は、脱色剤で脱色されずグラム陽性菌内に 残存するので染色性が保持される。陰性菌ではヨウ素が速やかに除去されるので脱色されてしまう。すなわち、ヨウ素の菌体内浸透性が グラム陽性菌と陰性菌で異なるという物理的現象に基づく考え方である6)
3)クリスタル紫とヨウ素により形成された複合体は菌細胞外へ出にくい状態となる。グラム陽性菌は細胞壁が厚く緻密なため漏出しにくく、 複合体が残存し染色性が保持される。グラム陰性菌は細胞壁に脂質を多く含むためアルコールで脱脂され、外壁の破壊が生じ、ペプチドグリカン層や 細胞質膜に穴があき、複合体と細胞質内成分は流出し染色されない。すなわち、菌細胞の表層構造の相違による考え方である。